【自ら燃えよ!】
〜原 克之の中学生の頃〜
私は一生忘れないだろう。
あの時のインパクトを!
ミケランジェロの彫刻「ダヴィデ」像のような筋肉美。
他の追随を許さぬ躍動感に溢れ敏捷自在な截拳道。
細身だが逆三角形の三つ揃いの背広姿。
闘う時の相手を睨みつける眼差し。
格闘時に不意をつく怪鳥音。
太い眉の端正なマスク。
深淵なる東洋哲学。
はにかむ笑顔。
中国人俳優。
そう。
それは李小龍。
一般的にはブルース・リーだ。
アクション映画の金字塔
映画「燃えよドラゴン」での
あの圧倒的な存在感は
当時、中学生だった私を
完全にノックアウトした。
以来、
私は熱狂的なブルース・リーファンになっていた。
彼が出演した全作品を観、
「燃えよドラゴン」は30回以上、映画館に観に行った。
DVDも買い、自宅で何度も繰り返し観た。
毎回、繰り返し観るまでに、自分自身の目標と誓いを立て、
達成してから観るようにした。
ブルース・リーに関する資料は何でも集め読み漁った。
ブルース・リーの実弟が来日した時にも会いに行った。
鏡を見ながら顔の表情も研究し真似した。
ヌンチャクも練習し体得した。
32歳で他界した彼に少しでも近づこうと
私は懸命な研究と努力を重ねた。
気がつけば、いつの間にか
アルバンBLCファンクラブの大阪支部長までしていた。
「そうかっ!」
そこでわかったことは
一般的には
アチョ〜の俳優とぐらいしか
知られていないが
実は、
彼は『アーティスト』なのだ。
真のマーシャル・アーティスト。
そして哲学者でもある。
生前、
彼が出版を考え書き記していたノートが
何冊も残っている。
彼が創造したオリジナルの総合格闘技、
『截拳道 JEET KUNE DO(ジークンドー)』についての
随想だ。
彼の他界後『TAO OF JEET KUNE DO』として出版された。
その中には
心の章
禅について
「空というものは、此と彼の中間に存在するものである。
空はあらゆるものをふくみ、その逆を持たず、
それが除外するものは何もない。
それは生命のある空である。
万物はそこから生じるのであり、
その空を理解する者は、
生命と力とすべての生き物に対する愛情とで、溢れるのである」
魂の芸術
「芸術こそ完全への道であり、人間の命の真髄を知る道である。
芸術の目的は精神、魂、および感覚の一方的な増進だけでなく、
人間の全能力、思考力、意志、感覚を自然界のリズムに向かって
解放することである。
そうすれば、声無き声を聞くことができ、
自己とその声との調和に達するのである」
截拳道への道
「截拳道の妙技はまさに単純化することである。
それは自分自身になることである。
そのもの『であること』のままの真実である。
截拳道の意義は『であること』にある。
即ちそのものの根本的意義に自由があること、
執着、束縛、偏見、複雑さなどによって
制限されないことなのである」
無心の章
「截拳道は、技術や教義に根拠を置いていない芸術である。
それはまさに自然があるようにである。」
「中心や円周がない時、真理がある。自由に表現する時、
それは完全なスタイルである」
「自覚が截拳道の基礎である。
何故ならば、それは個人の戦闘術のためばかりでなく、
また人間としての彼の生き方の上でも有効である」
そして、
彼の文章の最後に
「もし人々が、
截拳道はあれやこれやと違っていると言うなら、
その時には、截拳道という名前ははぎとらせる。
何故なら、それは、それが現在あるところのもの、
まさに名前であるのだから。 どうかそれを理解してほしい」
と結んでいる。
私はそれを読んで
当初、「格好いいなあ」と、
ブルース・リーの俳優としての外見や
カンフーのスタイルに魅了されて研究を始めたが、
本当は、
その深い思想性と生き方に、
ブルース・リーの本質があると思い研究を進めた。
わたしは彼の生き方そのものが芸術だと直感した。
彼はワシントン大学の哲学科に在籍していた。
そして、武道、思想、哲学を中心に、
古今東西の書籍を読破する相当な読書家だった。
思想面では
クリシュナムルティ、スピノザ、
孔子、仏教、禅、日本の武士道等から
熟考と思索を重ねていた。
肉体面では
合理的かつ過酷な訓練と運動によって、
己の意志によって自在にコントロールできる
身体に鍛え抜いた。
ストイック過ぎる自己啓発と並外れた訓練により、
自らが「ブルース・リー」という存在を創りあげた。
彼はまた絵画の才能にも恵まれていた。
ダンスも得意であった。
そして、映画では自ら演じるのみでなく
脚本、演出、監督までもこなした。
彼の他界後、
代表作「燃えよドラゴン」が上映され、世界中の人々を魅了した。
余りにも短すぎる32年間の生涯で彼が表現し残したもの、
それは「魂の芸術」と言える。
短い命だったが、
彼は「自ら燃えて燃えて」「命を燃焼しつくして」
誰よりも「生ききった。」
何よりも
「李小龍」=ブルース・リーという「存在そのもの」と
彼の「生き方」が「芸術そのもの」だ。
まさに「魂の芸術」だ。
それを彼自身の生き方で体現した。
わたしは彼の生きざまから考えた。
「私は単なるファンだけであっていいのか?」
古来より『守・破・離』という考えがある。
師から学び、一人立ちをするまでの段階をあらわす
武道やあらゆる道につながる考え方だ。
師から受け継いだものを守り、
不要なものを捨て去り、
そこに新しく、独自の工夫と創造を加え、それを繰り返す。
そして今までの型を越える、独自の世界を創り出していく。
「私には、この守・破・離が必要だ」と直感した。
単なるモノマネではなく、
李小龍の思想や生きざまから学び、自分ならではの
何かオリジナルを創造することが必要だと思った。
それからは
中村天風師の天風哲学を中心に、
様々な挫折、失敗と成功の体験、経験、勉強を重ね、
暗中模索、試行錯誤を繰り返し、39歳の時に
『VISION ART METHOD』を創造開発した。これは
クライアントの方々の『本当にやりたいこと』を見つけ
本気で夢を実現したい方だけのために個人セッションを
中心としたメソッドだ。
痛いほどの私個人の体験から
心の底からの『本当にやりたいこと』を明確にすることの
重要性を中心にしたメソッドだ。
単にクライアントの方々の夢を聞き、絵にするようなものではない。
あまり人には言っていないが、
本来の
VISION ART METHOD(ビジョンアートメソッド)とは
自分らしいビジョンを持ち、
その夢に向かい、
生きていることに感謝しながら、
地道な日々の行動を重ねつつ前向きに生きる。
そのような夢を実現させる仲間が増えることで、
世界を『希望』が持てる世の中にすることを
目的にしている。『ビジョンを明確にし夢を抱きながら、
前向きかつ地道に今を大切に生きる姿勢』
つまり『生き方と存在』そのものがアートである。
それが本来のVISION ART METHODの意味だ。
子供の頃のわたしは映画スター「ブルース・リー」の
姿に憧れ、形から入った。
現在のわたしは、今なお未熟ではあるが、
自ら創造開発した『VISION ART METHOD』により、
少しずつ独自の進境に入りつつある。
本当に
今でいうメンターや師匠が喜ぶのは、
弟子が、自分を超え巣立っていく姿を見送ることだと思う。
そのような視点を開花させてくれた李小龍師に
今のわたしは、つくづく感謝している。
李小龍が好きだった言葉
"Walk on!"
「どんな逆境にあっても歩き続けるんだ!」
を胸に刻みながら
これからも
燃えよ己がいのち!
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